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‘会員コラム’

第51回 定例総会を開催

 
4月10日(月)、第51回定例総会が富山市の日枝神社で開催され、新入会員4名を含む、会員20名が出席しました。
 
先ず、正式参拝をご奉仕いただき、会員を代表して尾崎定秀会長が玉串を奉りました。 引き続いて総会が開会され、松本正昭富山県神社庁長、平尾旨明日枝神社宮司より、ご挨拶を賜り、「平成28年度活動報告・決算報告」、「平成29年度活動方針案・予算案」がそれぞれ承認されました。
 
本年度は役員改選の為、尾崎定秀会長が退任され常任相談役に就任され、新たに尾崎定重副会長が会長、長谷川宏幸監事と嵯峨芳紘委員長が副会長に選出され、新役員体制となりました。また、会長を歴任され長きに亘って我々をご指導下さった松尾樹常任相談役がご卒業となり、顧問に就任され記念品を贈呈しました。
 
本年は、当会創建より70年(再建50年)を迎えます。新体制となり、新たな力も加わったことで、記念事業実施に向けて尽力するとともに、会員一人一人が与えられた使命の達成に向けて、今後の活動に邁進して参ります。
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会員コラム 「教化活動雑感」

神社の神職としての使命の一つに「教化」活動がある。

神職養成機関でも「教化活動」として一単元があり、毎回、講義の度に全国の神社で実際に行われた教化事例について、その新聞記事のコピーが配布されていた。それは各神社、あるいは各地域の風習・慣習を踏まえた昔からの習俗的なものや、当該神社の宮司や町おこしの企画と相乗りしたものなど様々であった。

しかし、学校での授業とは概してその場限りであり、在学中には試験勉強に備えてファイリングしたものの、現在はそのファイルの在り処さえ、既に忘却の彼方である。

 

さて、いささか長文ではあるが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、次のように書かれる。

「教化」とは、特定の政治・宗教の価値観を、学習する立場の者に、盲目的に内面化させることを指す。左右を問わず、全体主義体制にある国では、教化が行なわれる。

洗脳と紙一重である。

キリスト教やイスラム教などの世界宗教は、その勢力拡大の中で異教徒に対して強制的な改宗を強いることがあった。また、大航海時代、ヨーロッパ列強は、アジアやアフリカ、南北アメリカにおいて、しばしば大量虐殺・強姦や文物の破壊と共に、先住民に対してキリスト教とともにヨーロッパの価値観を教化していった。

戦前・戦中に教育を受けた日本人は、皇国史観を教化されていた。シベリア抑留された日本兵は、スターリンにより共産主義に教化され、赤化日本人を生み出した。朝鮮戦争時、中国軍に捕虜とされた米兵も共産主義に教化され、多くの米兵が共産主義者宣言を出した。北朝鮮による拉致事件の被害者も、北朝鮮に到着後、直ちに主体思想を教化された。

また、生まれた家庭がある宗教の熱心な信者であった場合、親により教化がなされる。その宗教に基づく通過儀礼が行なわれ、その宗教の少年部に加入させられ、成人後に熱心な信者になることが期待される。関連項目・洗脳・同化政策と記されている。

そもそも「教化」とは何かしら上から目線的な感じがして、正直、あまり好きにはなれない言葉ではある。また、このウィキペディアの説明もいささかイデオロギー色が感じられる。

さて、神宮大麻の増頒布について神社本庁でもさまざまな教化資料が本宗奉賛部や教化部広報課、神社新報社などで作成され、広く配布がされている。

ある時、本庁役員会から自席に戻った部長から広報資料の字句の訂正があった。それは、神宮大麻について氏子崇敬者の方々に意義を伝えるべく文中には「啓蒙活動」と記載がされていた点であった。時の岡本総長より「『啓蒙』という意味を辞書で調べ直しなさい。これからは「啓発」とするのが良いのではないか」との下命とのことであった。(あえてここでは「啓蒙」についての説明は記さない。是非、検索を戴き、その意図するところをお考えいただきたい。)

冒頭、「教化」は神職としての「使命」と記した。実際、社家の出身ではない私自身が神職としての喜びを感じるのは氏子崇敬者の思いを伝える仲執り持ちとして祭祇を行うことと共に、鎮守の杜での何気ない「教化活動」により参拝者の笑顔を見る時である。

教化活動の方途は様々である。ポスター、チラシ、CM、冊子・・・・・。しかし、名作家が美辞麗句を並べたて、有名写真家が撮った写真を用い、膨大な費用を掛けて作成された紙の資料も時には大事ではある。しかし、実際に手に取ってもらわないことには意味がない。

私が神職を志して以来、常々、自分が心がける教化活動は、紙資料を単にやみくもに配布するのではなく、何気ない会話や子供の頭を撫でることと思って実践に努めている。

(副会長 嶽 徹)

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「会員コラム」開設記念特別号『八坂神社に伝わる蜷川の昔話と蜷川氏』第2章 松尾樹 会長

ご無沙汰をしておりました。

本日は9月19日に新たに開設された「会員コラム」記念特別号『八坂神社に伝わる蜷川の昔話と蜷川氏』第1章(松尾樹会長担当執筆)の続号、第2章を更新いたします。

ぜひ、ご一読ください。

第2章『蜷川親直公について』

①蜷川という姓は

この蜷川親直という方、昔から「蜷川」という姓(名字)ではありませんでした。元々の姓は「宮道(みやじ)」で、「宮道七郎親直」というお名前でした。(蜷川の姓を名乗るまで一時期太田氏を名乗る)

徳川幕府が編纂した『寛政重修諸家譜』によると、蜷川の地に居を構えて、地名である「蜷川」を名乗り始めたと記してあります。

※ 宮道氏について 先祖に物部守屋を戴き、京都山科を領した豪族。宮道弥益の娘は藤原高藤に嫁ぎ、弥益の孫にあたる藤原胤子は宇多天皇(59第)の女御として、醍醐天皇(60代)の母となる(今昔物語)

この蜷川親直公、旧姓を宮道氏として、越中にやってきたことがわかります。

言い伝えでは、70歳の高齢で没したとなっていますが、いつ頃京都からやってきたのかをお話しを書きます。

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新「会員コラム」祝 開設記念特別号『八坂神社に伝わる蜷川の昔話と蜷川氏』第1章 松尾樹 会長

この企画は当会会員がいろんな角度から神社のこと、また神道のことなどを紹介、お話していこうという企画です。統一性に欠けること請け合い、でありますが、どうぞご覧下さい。

今月は、本年度会長をおおせつかった松尾樹がお話を書かせていただきます。

どんなことをお話しようかと思いまして悩んでいたところですが、よく地元の方や、歴史研究をされている方から地域の昔のことをよく訪ねられることがあります。このようなことも神職の務めなのかなと思う今日この頃であります。自身郷土史も好きなので(好きなだけであまり詳しくないのですが・・・)『八坂神社に伝わる蜷川の昔話と蜷川氏』と題して、私が住んでいる富山市の蜷川地区にまつわる昔話についてお話をさせて頂きます。

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